中嶋陽子。緋色の髪に翠色の瞳、褐色の肌が特徴の平凡な(?)女の子。常世町に引っ越してから、三年――陽子は十二国高校の二年生へと進級し、真面目に学生生活を送っていた。
今日は、そのような陽子の一日を追ってみよう。
早朝。夜が明けぬうちに庭へと出て、竹刀の素振り。煩悩を振り払うのにも、鍛錬にもなる。ちなみに、陽子は剣道部員である。
その後、汗を流す為に風呂に入る。何故か湯船は桶だ。今時の人間にしては珍しい。
それからのんびりと朝食をとり、登校。近所に住み着いているらしい蒼猿がからかってくるが、陽子は平気だ。というか、平静さを必死で装っている。しかしとうとう我慢できず、自慢の刀で追いかけ回す始末。自分もまだまだだな――と、陽子は反省しながら通学路を歩む。
校舎が見えてきた。校門の前で生徒達に挨拶をしているのは、十二国高校の遠甫校長だ。
陽子「おはようございます、遠甫先生」
遠甫「そういうときには氏をつけるな。乙と申す」
陽子「乙先生?」
遠甫は、クリスマスのおじいさんのように立派な髭を撫でながら、満足そうに笑った。
そのとき、背後からぱたぱたと軽快な足音が聞こえた。振り返ると、そこには見覚えのあるクラスメイトの姿があった。
鈴「おはよう、陽子!」
陽子「ああ、おはよう」
鈴とは同郷の誼である。二人は肩を並べて門を潜る。
陽子「そういえば、祥瓊は?」
普段から鈴と一緒にいることの多い同級生の祥瓊の姿が見当たらないことに、陽子は疑問を抱いた。鈴は困ったような顔をして、
鈴「多分、桓魋先輩と一緒だと思うわ」
と、答えた。
桓魋とは、十二国高校の三年生で、陽子にとっては剣道部の先輩にあたる。剣の腕はぶっちゃけ陽子の方が上なのだが、桓魋もそれを認めており、自身は陽子の育成(というよりストレスの発散)に力を注ぐことで陽子の良い練習相手となっている。
陽子「相変わらず仲が良いなぁ、あの二人は」
鈴「お互い一目惚れだったらしいわよ」
陽子「あはは。なかなかやるね」
鈴「まったくよ。授業以外はいっつもイチャイチャラブラブ」
陽子「そう言う鈴の方こそ、虎嘯や夕暉と仲が良いじゃないか」
鈴「ヤダ!あの二人はただの友達よ!!」
鈴はそう言ったが、まんざらでもないようだ。顔が赤い。陽子はそれを見て、くすくすと笑った。
ちなみに、虎嘯は十二国高校の三年生で、レスリング部所属。夕暉は十二国高校の一年生で、優等生。二人は兄弟である。あまり似ていないが。
ちょうど玄関に差し掛かったとき、わざとらしいため息が陽子の耳に届いた。
景麒「…主上。またそのような髪形を」
陽子を主上と呼ぶこの金髪能面顔の男の名は、景麒。十二国高校の教師である。陽子はうんざりとした顔で答えた。
陽子「校則に従っているだけだ。三つ網の何処が悪い」
景麒「悪い、と申しているわけではありません。ただ、そのような髪形ですと折角の御髪が傷んでしまいます。それに、あまりに平凡すぎます。それでは周囲へのしめしがつきません」
陽子「私の勝手だ」
景麒「しかし、主上のお体はもはや主上お一人だけのものではないのですから」
陽子「何だそれ。どういう意味だ」
景麒「主上…もう少しご自身を労わって下さい。そのご様子ですと、今朝も剣の鍛錬をなさいましたね? 疲労が顔に出ていらっしゃる」
陽子「だから…私が何をしようが私の勝手だろう」
景麒「そういうわけにはまいりません。主上の健康管理に気を遣うのも私の役目ですから」
陽子「…お前、一応教師なんだぞ」
陽子は心底厭きれたような顔で言う。すると、景麒は相変わらずの仏頂面で、
景麒「ですが、私は教師である前に貴方様の僕なのです」
と、恥ずかしげもなくさらりと言ってのける。
その発言に、偶然通りかかった生徒達が騒ぎ出す。
蘭玉「きゃあ~v また景麒先生の僕宣言よぉ~!!」
陽子「ら、蘭玉…」
さすがの陽子も対応に困り果て、思わず全速力がその場から逃げ出してしまった。
景麒「しゅ、主上…!!」
陽子の最近の悩みはこれだ。教師である景麒が何故か自分の僕になってしまったのだ。あれは去年――陽子が入学したての一年生だった頃。突然教室に現れた景麒が陽子の足元に跪き、忠誠を誓ったのだ。「命が惜しくはないのか。許す、と仰い」と強い口調で言われ、陽子は訳が分からずとりあえず「許す」と答えた。それが過ちだった。以来、陽子は景麒のストーキングに悩まされることとなる。どれほど逃げ回っても、隠れても、景麒はすぐに陽子を探し当てるのだ。「主上のいる場所ならばすぐに分かります」と。
しかし、陽子の悩みはそれだけではない。
尚隆「陽子~!」
自らの名を呼ぶ男の声に、陽子はっとして顔を上げる。渡り廊下で足を止め、声の聞こえた方に顔を向けると、ちょうど中庭に爽やかな笑みを浮かべた男が立って、陽子に向かって手を振っている。
陽子「尚隆先生…」
小松尚隆。十二国高校の教師。三男坊らしく、「三郎」とも呼ばれているとかいないとか。剣道部の顧問である。
尚隆は、長い髪を無造作にピンク色のリボンで束ねた髪形で、服装も生真面目な陽子から見ればだらしなく着崩してはいるが、それがまたよく似合っている。
尚隆は大股で陽子に歩み寄り、にかっと白い歯を見せて笑った。
陽子「お、おはようございます」
尚隆「ん? どうした、陽子。元気がないぞ。ちゃんと朝ご飯を食ってきたか?」
陽子「は、はい」
尚隆「何か悩み事か? 俺がいつでも相談にのってやるぞ」
陽子「…実は初勅が決まらないので」
陽子の悩み。それは、初勅――即ち、一学期の学級目標が決まらないことだ。陽子は今年、クラスの学級委員となった。学級目標を決めることは、学級委員としての最初の仕事で、学級委員がこれからどういったクラスを作るのか、それを端的に示す為のものだという。
陽子「先生も、以前は学級委員を務めたことがあったとか」
尚隆「ああ。何故か居眠りしている間に決まっていた。まったく、とんでもないクラスメイトだ」
陽子「先生は初勅をどうなさった?」
尚隆「俺は四分一令というやつだが」
陽子「それは?」
尚隆「教室を4平方メートル掃除した者には、そのうちの1平方メートルを自地として与える。――何しろ誰も掃除しようとしなかったからな」
陽子「…意味が分かりません」
尚隆「ああ。俺自身意味も分からず施行した。おかげで、俺のクラスは互いの領地を狙い合う分祐割拠の時代を迎えたな…」
陽子「あの…ますます意味が分からなくなってきたんですが…」
尚隆「まぁ、人それぞれというわけだ。今の自分のクラスによく合った目標を考えることだな」
なるほど、と陽子は俯いた。
陽子「クラスメイト達は、貴色を赤にしろ、と言っている。去年の学級委員の貴色が青だったから、と言うんだが」
すると、突然第三者が会話に参入してきた。
六太「いいんじゃないか? 理にかなってる」
陽子は驚いて振り返った。そこにいたのは、明るい金髪の少年――六太。十二国高校の一年生である。しかし、尚隆とは悪友同士で、タメ口をきいている。親戚、という噂があるが、果たしてそれが真実なのかどうかは、誰も知らない。子供のくせに、妙に威厳があり、陽子は自然と敬意を払う形をとってしまう。しかしだからといって威張っている様子が六太にはなく、陽子は彼に親しみを覚えていた。
陽子「六太くん」
六太「よぉ、陽子。さっき楽俊がお前のこと、探していたぞ」
陽子「楽俊が!?」
陽子の顔が、ぱっと華やぐように明るくなった。
六太「早く教室に行った方が良いんじゃないのか?」
陽子「あ、ああ、そうだな。では、尚隆先生。私はこれで…」
尚隆「放課後の部活、サボるんじゃないぞ~」
尚隆と六太は、軽快に走り去っていく陽子の後ろ姿を見送った。
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…何書いてんだろ、私。