漫画『プラネット・ラダー』について語っちゃいます。
作者は、なるしまゆり先生。この方の絵はとってもとっても好きなのですが、読んだのはこの『プラネット・ラダー』が初。す、すんません…(TT)
主人公は、黒髪碧眼の少女・春山かぐや。幼い頃養子として引き取られたものの、4歳以前の記憶が彼女にはない。唯一覚えていることは、炎の中片腕を失った少年が自分の手を引いてくれたということだけ。平穏だが何処か欠けているような日々を送るかぐやだったが、ある日突然現れた謎の男によって異世界へと連れ去られてしまう。かぐやは、実は世界は多層で地球が9つもあり、それらの世界全てが衝突して終末の危機に晒されているという事実を知る。さらに自分こそが、それらの世界の中から一つだけを選んで滅亡から救うという「あなないの娘」だったのだ。様々な陰謀が交錯する中、かぐやは狂皇子セーウや銀髪の天才少女バンビ等と出会い、やがて自らの生きるべき道を見出していく。
設定が物凄く面白いと思いました。世界は一つだけじゃなくて、一般にエデンと呼ばれているかぐやの世界(つまりココね)以外の地球は互いに干渉し合い、人々が行き来している。どの世界が生き残るかという抗争の中、かぐやは何も知らないままに巻き込まれていくのですが、世界が9つもあるという壮大な舞台と、生ける武器に選ばれた戦士達(しかも全員が味方というわけではない)、かぐやの記憶の中にいる傷だらけの少年との束の間の邂逅など、多くの謎を目の前にしても決して挫けず、自らの最善を尽くそうという前向きな態度が共感を呼びました。
生ける武器(主人にしかその声は聞こえない)も魅力的ですけど、その武器に選ばれた方々もまた魅力的。
ルナーに選ばれた狂皇子セーウは、生まれてこのかた生き物に触れたことがなく、それ故に異常な性格になってしまったという人。でも美形。長い紅の髪はまさに死神のよう。その彼が、かぐやのおかげで初めて生命の温もりを知り、性格が幼児に退行してしまうシーンは「羨ましい……!!」と本気で叫んだりしちゃいました。身体は大きいですが、心は子供。暴れて、かぐやに叱られて、泣きじゃくるところは何とも可愛らしい。無口で無表情だという点は変わりませんが、かぐやにとても懐いていて、心がじーんとします。
あと、髪をバッサリと切っちゃうところ。髪が短くなると、雰囲気がだいぶ変わりますね。相変わらず無愛想だけど。後にかぐやと結婚し、一児を儲けますが、未だに触れられるのは妻子のみ。そこがまた良い。人間くさくなくて。
人間くさくないと言えば、バンビちゃん。本名はシーナ・モル・バンヴィヴリエ――だったかな。この方もセーウと同じく外見が象徴的。髪が銀色なのです。性格も、女版セーウといったところ。でもセーウと違うのは、表情があるという点。バンビちゃんも愛想が悪いのですが、彼女の場合は感情を喪失しているというわけではなく、恐ろしいほどにクール。誰もが驚嘆するほどの天才的頭脳を生まれ持ち、おまけに絶世の美女で、さらに冷徹。自らが育った世界の行く末さえ気にしないという無関心さがありますが、妙に自分に懐いてくるかぐやに関しては気になって仕方がない。いつしかかぐやとの間に友情が芽生えていきますが、バンビちゃんは女というよりむしろ男といった感じで、後にかぐやと結婚したセーウにヤキモチを妬きます。
バンビちゃんは、実は高貴な血筋を引いており、生ける武器の一つ・パイロゲートのかつての主人ラグナ・ハーンの遺児だったのです(このラグナも格好良いというか可愛いキャラで、性格に関してはバンビちゃんとは全く似ていません。既に故人で、作中であまり語られていないのが惜しい…)。そして、父と同じくパイロゲートの主人として選ばれるのですが、バンビがパイロゲートを受け入れたのは、セーウに連れ去られたかぐやと再会する為。このとき既に、バンビちゃんにとってかぐやは必要不可欠な存在になっていたのです。
目的の為ならば手段を選ばないという冷酷残忍さを持ち、任務遂行の為に極悪非道な手段を用いるバンビ。その彼女が、恋心にも似た友情をかぐやに抱く様は、とても神秘的で、彼女にしては珍しく人間くさいところだと思います。
ニュクスライトに選ばれたクラも魅力的ですね。豪快で快活な織田信長といった感じで。彼は皇帝として、他の世界さえも統べるほどの実力の持ち主。一応悪役だけど、憎めないところが彼の魅力。いかにも最強といった感じですが、実はセーウの方が僅差で強い? 後に自分を庇って死んだイドゥ(これも生ける武器の主人)の死を嘆いて大泣きしたというエピソードは、切なくなりました。
生ける武器の中で最も特異な存在であるオーガニックゴールドに主人として選ばれた少年カガミ。彼はかぐやと同じ黒髪碧眼で、かつて炎の中で泣きじゃくる幼いかぐやの手を引いたのも彼です。
このカガミ、実はカグヤの生き別れた兄。カガミとカグヤは、実は世界の終末後に誕生した人間で、二人は時を超えて滅亡前の世界へと移ったのです。カガミはカグヤを守る為、ゴールドと融合して世界を救います。そう――救世主とは、実はカグヤではなくカガミだったのです。
カガミは、理解し難い謎多きキャラ。結局カグヤとも殆ど会話を交わすことなく、自らの身を犠牲にして世界を滅亡の危機から救います。彼が命をかけて世界を救おうとした理由――それはカグヤ。常に人より先を見据えて生きていたカガミにとって、カグヤを守りたいと願うその心は人間として当然の感情のように思えます。彼は「神」的な存在となったわけですが、そうなった根拠は誰よりも人間くさい「守りたい」という心だったのです。
『プラネット・ラダー』は、面白すぎる世界設定の割りにはそれら全てを上手く活かせなかったかな――という印象を残してしまいましたが、「実はあなないの娘なんていなかった」という事実には意表を付かれました。また、カガミのおかげでとりあえずは世界は救われたものの、完全に滅亡の危機から脱したわけではないかもしれないという不安を残した点は、教訓めいたものを感じさせます。
どうせなら主人公カグヤが、全ての世界を行き来するというエピソードもあればもっと良かったかもしれません。(主人公の移動した範囲があまりに狭すぎなので、壮大な世界観が上手く活用されていない)
けれど、なるしま版『竹取物語』は、世界が多層という意外な設定からして驚かされるばかりで、読み終わったときふと「再生」という言葉が脳裏を過ぎるような、そういう前向きな気分にさせられます。